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活動概要

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1、満所祭

宮崎県西都市都於郡国指定城址公園に、天正遣欧少年使節団主席正史伊東マンショの銅像・記念碑・慰霊碑が建立されています。
私共、天正遣欧使節顕彰会は、毎年、2月第3週に伊東マンショの魂を慰め、その偉業と足跡を讃え顕彰する為、地元の多くの方々の御協力を得てマンショ祭を開催しております。
この時期は古来、日本國の旧暦の正月や神事の祈年祭に当たり、また、天正遣欧少年使節団が出航した
2月20日にあやかり、一年の門出を祝福しております。
昨年は、イエズス会主任司祭ドメニコ・ヴィタリ神父を招き、盛大の内に祭典を終える事が出来ました。
伊東マンショは、イエズス会主任司祭として43歳の若さで天命を全うしました。
今日のイエズス会主任司祭ヴィタリ神父は、平成の伊東マンショと言えるでしょう。

 

2、ローマ法王謁見

2018年9月12日、ローマ法王パパ・フランチェスコに特別謁見致しました。パパより弊会を支援頂く力強いメッセージを直接頂くことができました。 メッセージの内容は、こちら

senk23 3、翻訳活動

著者グィード・グァルティエーリ(Guido Gualtieri, 16th cent.)はイタリアの文学者で、ローマ教皇グレゴリウス13 世(Gregorius XIII, 1502-1585, 在位1572-1585)の没後に教皇となったシクストゥス5 世(Sixtus V, 1521-1590, 在位1585-1590)の側近として活躍した人物である。この頃、イエズス会日本巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano, 1539-1606)の企画で、1582(天正10)年に九州の三大名(大友宗麟、大村純忠、有馬晴信)が連名で派遣した天正遣欧使節一行が、1585 年に当時の教皇グレゴリウス13 世に謁見した。このことはキリスト教の広がりと共に、教皇の権威が日本にまで及んだものとしてさかんに喧伝され、多くの冊子に纏められてヨーロッパ諸国に伝えられた。本書もその種のもので、初版は本書と同年の1586 年にローマで出版されている。
本書の構成は14章からなり(但し章立てに間違いがあり、第7章が重複している)、第1章では日本の紹介、第2章は天正遣欧使節団の背景、第3章は日本出発からゴアまで、第4章はポルトガルまで、第5章はポルトガル滞在について、第6章はスペイン旅行、第7章はイタリアについて、第7章(重複)はローマでの謁見、第8章は教皇について、第9章はローマからボローニャまで、第10章はフェラーラでのこと、第11章はヴェネツィアでのこと、第12章はマントヴァについて、第13章はミラノとジェノヴァについて、第14章はリスボンから帰国までが書かれている。また、付録にはシクストゥス5 世から九州の三大名へ宛てた書簡と使節団歓迎の挨拶文が掲載されている。
なお、使節一行は教皇に謁見して間もなく同教皇の死にあい、その葬儀に参列したあと、新教皇にも謁見、帰途に就きスペイン、ポルトガルを経てアフリカ南端の喜望峰をまわって1590(天正18)年に9 年ぶりで帰国した。

何卒、四少年の大冒険をご拝読ください。

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